日記

ゴミとは?
2019.02.28

次の山は北陸に残してきた三つの山。そこまでは、約450キロのロードとなる。そして、2019年の2月も今日で最後、年明けにスタートしてから2ヶ月が経過したことにもなる。
この2ヶ月間での移動距離は約1600キロ、北陸につく頃には2000キロを超える。しかし、距離はあくまでも結果であって、目指すものではない、短くしようとも長いなぁーとも感じていない。
歩き続けていればいつしか…という感じだ。

朝からどしゃ降り、富士市へと続く道は、国道の抜け道となっているようで、大型トラックが何台も水しぶきを巻き上げながら走っていく。歩行者がいてもお構い無し。10台に1台くらいは、スピードを落として気を付けてくれるドライバーがいるくらいだ。もちろん、普通車も同様だ。むしろ、普通車の方が減速や車間を気にしない人が多いかもしれない。水溜まりに突っ込み、跳ねた水が飛んできたのがこの日だけで三度もあった。

雨の日は、ただ歩くだけでも身体は疲労しやすいため、あまり考え事はしないようにしているが、この日は違った。なぜなら、被るレインウエアのフードから見える光景の半分は、路肩に捨てられた「ゴミ」だったからだ。
その多くは、ペットボトルや空缶、ビン、プラスティックなどで、正しい場所へと最後の持ち主が、責任をもって捨てていれば、また新たな資源として再生できるものばかりだ。

そもそも、民家も人通りもない場所にあるはずがないものがある。通るのはほとんどが車両だけ、ということはドライバーが投げ捨てていった結果がこの光景を作り出しているということが容易に想像できる。中にはペットボトルの中に排尿されたものまで!この日だけで10本は見かけた。

今回で3回目の旅となるが、毎回このような光景を見ながら歩いているときが一番辛く、捨てていく人の価値観が信じられない自分がいる。
結局は、全世界で環境問題が取り沙汰され続けているが、個人レベルにおいて、一人一人が実感をそれほど強く持っていないと思われる。自分が生きている間に大きな変化は生まれるわけでもなく、自分がいない未来のことまで考えて人生を送っている人が、自分も含めてどれくらいいるのかと考え込んでしまった。
考えれば考えるほど、世界に日本は美しいとアピールすることがいかに恥ずかしいことかを痛感していた。

また、ニュースで強風でひしゃげてしまった傘が路上に捨てられている光景を映し出し、ただ「ご覧ください、強風で傘もこんな状況で路上に!」とレポートする。これをみた子供たちはどう考えるだろう。傘は壊れたらその辺に捨てていいのだと思ってしまうのではないか。一人一人の育ってきた環境により、同じ人間でも様々な価値観が生まれる。氷河の上で「プラスティックは200年もすれば分解されるから大丈夫」と捨てていく人もいれば、毎年リスクを背負いながら清掃活動を続ける人もいる。
どちらが正しいのかはここではわからない。しかし、少なくとも自分は捨てる側ではなく、拾う側でいたいと思う。

そして、同時に人間が自然界にとっての癌であることは間違えないと思わずにはいられなかった。
ゴミだけではなく、ただ呼吸をするだけで、木々が産み出してくれた空気を二酸化炭素に変えてしまうのだから、生きているだけで地球に対して、人類は自然界で一番の影響与え続ける存在であることは確かだ。

 この日記に書かれている場所はこの辺りです