日記


2021.08.02

5時前。アラームの音が枕元で響く。
とっさにTORQUEを手に取り、すかさず天気予報をチェックした。そして、それと同時にカーテンを開けて空模様へと目線を向ける。予報の詳細を確認することもなく、曇天の空に「あああぁぁ~。」と抑えることもなくこぼれた。そして詳細を確認。「んんん~」という内容だ。

3日以降の予報も確認するが…。雨予報が並び、8日まで晴れマークは見当たらない。
最後の山を前に、想像していた光景とはかけ離れた予報だ。この時点では、登山決行の判断ができず、もう2時間ほど天気の推移を観察することにした。朝食を取りながら、様々なことを考えていた。
「待つべきか」「行くべきか」「とりあえず途中まで登ってみるか。」
山のことで頭がいっぱいで、落ち着かない。そわそわしながら、朝食を食べすすめた。

この時はなぜだか、今日登らずに明日以降の好機を待ち続けられる、という心境ではなかった。きっと、これだけ長い挑戦となり、「好機を待つよりも、早く挑戦を終えたい」という気持ちが強く働いたのだろう。
手に届く距離にある利尻山。登れない条件ではないだけに、まさに「いてもたってもいられず」という感じで、「行こう!」と決断したのだ。

出発が遅かったため、すでに外は高温。北東の風により、登山口のある沓形(くつがた)はフェーン現象により、最高気温が30度を超える毎日だという。
登山口までの6キロの舗装路を走ると、案の定、全身から汗が噴き出した。
向かう利尻山山頂は雲に包まれたままだが、時間とともに空の雲が少なくなっている感じだ。

利尻山は途中に水場がなく、今年のこの高温で、登山者の多くが連日熱中症で倒れていると聞いた。そのため、バックパックには5リットルの水分を背負った。
走ったこともあり、登山口に9時過ぎに到着した時点で、汗が靴の中まで浸透してしまった。9時30分に登山口を出発。体の中に熱がこもり、序盤は軽い熱中症に陥りながらの足取りとなった。積極的に水分補給と塩分補給をしたことで、中盤からは何とか持ち直し、力強さが戻った。

7合目の手前で、「山頂までの展開」について冗談半分で口にした。
「8合目までは青空が広がり、9合目手前で曇りはじめ、九合目で完全に雲に包まれ、山頂手前で強い風により、雲間から空が顔をのぞかせ、登頂と同時に雲が流れ、雲海の上に山頂だけが頭を出して、大興奮で登頂する」という展望になるという、半ば願うような気持だ。

すると、8合目までは燦々と太陽が降り注ぎ、眼下の町や海が一望できるほどの好天。しかし、9合目への登りから、山頂を越えてくる雲が下がってきた。そして、9合目の三眺山(さんちょうざん)に到着すると、視界が20mほどの雲に包まれてしまった。鳥肌が立つほどに口にした展開通りとなっていく。
登り始めは「途中で引き返すこととなってもやむなし」との気持ちもあったが、視界不良になる状況にも関わらず、展開通りに山頂では晴れるという根拠のない自信が強く背中を押していた。

三眺山の小さなお社に手を合わせ、鴛泊(おしどまり)コースとの合流点への難所のトラバースへと進む。足場は崩れやすく、落石が頻発するルートに緊張感が高まった。
そして、斜面には早くも初秋の高山植物たちが、夏花からバトンを引き継いでいる。色鮮やかな夏花に比べ、落ち着いた色が多い。少しひんやりする気温も相まって、秋の匂いが漂っていた。

13時過ぎ、下山していく登山者たちが通り過ぎる鴛泊コースへと合流した。未だに空模様の状況は変わらず、7年前の初登頂と酷似している。
しかし、天候の回復よりも「あと少しで301座目…最後の山に登頂してしまうのか。」というこれまで感じてこなかった心境になった。
これまで以上に一歩一歩をゆっくり踏みしめた。「あんなことやこんなこと…」いろんなことがありすぎて、特定の場面が浮かんできたわけではないが、ふと立ち止まると込み上げるモノが。
「おっとやばいやばい。危ない危ない。」と、寸でのところで、押しとどめた。

雲の中にある山頂から人の声が聞こえてくる。
山頂まで残り50mほどで、7年ぶりに目にする山頂の社が見えた。勢いよく駆け上ろうかそれともゆっくりと、と思っていると、雲が少しずつ流れ始めた。なんと、途中で口にした展開通りに山頂を覆っていた雲が晴れ始めたのだ!
13時30分。その興奮を抱えながら、登頂への最後の一歩へと進んだ。
山頂にいた登山者のみなさんから温かい拍手と「おめでとうございます!」の言葉をいただいた。
心の叫びを爆発させる前に山頂のお社にて301座目の登頂のお礼を真っ先に伝えた。
そして、空に向かって「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」と言葉にならない叫びを放った。
その叫びの中に様々な思い感情が込められているように。
少し落ち着きを取り戻すと、抑えていたものが吹き出しそうになる。込み上げるモノを抑えなければ、顔がぐちゃぐちゃになるほど、あふれ出てしまいそうだったからだ。
ぐっと口を噤んだ。

登頂から30分ほど経過したころ、西の空が見え。この日一番の展望となった。
360度頭上が青空、眼下に雲海もしくは大海原という最高のシナリオ通りとはいかなかったが、それでも、晴れ間に雲海に海に町にと360度様々な展望を見ることができた。その景色が、これまでの道のりを物語るように。

16時までさらなる天候回復を願い山頂で待機したが、15時以降再び山頂は雲に包まれてしまった。登山とは下山するまでが常。16時に301座目、最後の頂に別れを告げ、「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3」の終幕のため、麓の町へと駆け下った。

18時30分、地元の山岳会の方々に祝福をいただきながら、沓形岬公園を今回の挑戦のゴールの地とし、最後の本当に最後の一歩を置いた。
約3年7ヶ月(1310日間)の挑戦に幕を下ろした。
その晩、SNS上には1000を超える喜びと祝福の声が届き、目を通しているうちに、長く張り詰めていた緊張の糸が切れ、いつの間にか深い眠りへと落ちた。

本当に長かった。長すぎて、長すぎてたくさんの経験と思い出が入りきらないほどとなった。
それでも、一度も「止めたい、あきらめたい」と思うことはなく、301座を登り終えた日を夢見て、コツコツと歩き、海を越え、登り繋ぎ続けることができた。
それは、絶え間ない声援と支援、そして共に旅する応援してくださるみなさんの心があったからだと思う。
この挑戦を通じて、それぞれの目線で向き合い、何かを得ることができたのなら、それは僕の力ではなく、その人自身の誇れる力だと思う。
その力を発揮するためのきっかけとなったのなら、それだけで幸せなことだ。

この地は長い挑戦の終着点であり、次なる挑戦の舞台へのプロローグ。
はじめの一歩はゴールと同時に踏み出している。
さぁ、仲間の元へ帰ろう。

皆さま、2014年から始めた挑戦もここで幕を下ろします。
本当に、本当にありがとうございました。
いつか、そう遠くない未来に皆様の手を取り、感謝の気持ちを伝えることができる日を楽しみにしています。

その日までどうかお元気で!

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