日記

トム君里帰り
2021.06.29

昨日の三川台(さんせんだい)直下での雷雨による緊急ビバークから一夜が明けた。
夜は雷雨に代わり、羆への恐怖でなかなか寝付けなかった。北海道の山でのテント泊はなかなかの緊張感がある。縦走中、最低でも6泊はテントとなるだけに、緊張感は最終日まで続く。

6時前に緊急ビバーク地を出発。すぐに三川台の分岐へと合流した。
まだ、雲が多い空だが、どっしりとした山並みと広大で平坦な尾根が続いていく。明らかに昨日までの十勝連峰とは違う景観と雰囲気だ。ここから大雪山系が始まることがよく分かる。
大雪山系には珍しいカール地形を眼下に、昨日宿泊予定だった南沼キャンプ指定地へと進んだ。花の種類は十勝連峰から大きく変わってはいないものの、高山植物の合間に、地衣類の姿があった。これはきっと、地形地質と雪が密接に関係しているのではと感じた。

ドラゴンアイになると聞く南沼はまだまだ大量の雪で埋まっていた。しかし、ハクサンイチゲやキバナシャクナゲ、エゾコザクラ、イワウメなどの花たちは差し込む太陽の光にしっかりと顔を向けている。古い火山であるトムラウシ山の複雑に固まった岩石の合間にしっかりと根を下ろし、岩山を彩っている。厳しい環境のはずなのに、この季節だけは心地がよい。

南沼キャンプ指定地まで来ると、山頂はもう目の前。誰もいないキャンプ地を抜け、雪渓から流れ出る1.6度の凍てつく水で顔を洗い、山頂へと登った。
そして、朝8時。7年ぶり2度目のトムラウシ山に登頂。
前回は初冬とも呼べるような冠雪の厳しい寒さでの初登頂だった。寒さの余りに長居は出来ず、あっという間に下山したあの日が懐かしい。
その時作った雪だるまに、トムラウシ山で作ったから「トム君」と名付け、それから度々冬や雪が降るとトム君が旅の途中に現れては、笑顔をもたらしてくれた。
あれから約7年。今日が彼にとっての里帰り。トム君の旅がここで一足先に終わることとなった。

トム君との別れを惜しみ、初めてともいえるトムラウシ山からの眺めを写真に収めた。
そして、登頂数は296座。
残りは5座だ。右手をじっと見つめる自分がいた。
「あと5座か…」と心の中でつぶやいた。あとはこの指を一つ一つ折り倒していくだけ。

山頂でのひとときを過ごし、前回は真っ白だった北沼、ロックガーデン、日本庭園へとゆっくりゆっくり進んだ。時々聞こえくるのはナキウサギの声。鳴き声の方へと目を向けるが、姿は全く見えない。結局、この縦走中にナキウサギの顔を見ることは叶わなかった。

昼過ぎ、眼下にヒサゴ沼と避難小屋が見え、携帯電話の電波がなくなる前に、最新の天気予報をチェックした。明日の予報は朝よりさらに悪化。午前中から雷雨となるようだった。
決断するには早かったが、明日は平たく周りに高い場所がない沼ノ原のキャンプ指定地でテントの中で雷雨を耐えるよりも避難小屋を利用した方が安全だと判断した。
谷間にあるヒサゴ沼はとても静かな場所で、電波もなく外界から途絶された場所だった。風が抜ける度に水面が優しく揺れて波紋が広がっていく。
キャンプ指定地にテントを張り、朝露で濡れていたテントはあっという間に乾いた。暖かくなったテント内で、夕食までの時間を空と山を眺めながら寝転んだ。気づいた時には寝落ちしていた。
昨日のような雷雨もなく、静かな夕暮れ。昨日は羆の恐怖心を抱えながらの一夜だったが、今日はもう少しリラックスして寝られそうだ。

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