日記

4か月が経過。再スタートへ高まる緊張感
2021.03.21

3月19日。暑寒別岳下山以来となる、サイズ85L重量20㎏を超えるバックパックを背負い、雲がかかる富良野岳方面へ向かった。足元はスキー。3月に入り、連日4月並みの気温。日によっては5月並の日も。さすがに3週間前までは1メートルを超えていた積雪も、瞬く間に溶け、すでに半分以下だ。

湿った重い雪がスキーにまとわりつく中、南風に支えられながら、歩を進めた。実家を離れ、山中で一泊二日を過ごすのは久しぶりのこと。誰もいない静かな林間を登りながら、「これが実家に戻る前までの日常だったんだ…」と思いながら、野生動物たちの足跡が残る林道を、一歩また一歩と進む。

3時間かけ原始ヶ原登山口に到着。上空を行く雲が少しずつ厚くなり、その後は雪となった。予報は外れ、降雪は時間とともに強くなり、吹雪は夜遅くまで続いた。
薄暗くなる原始ヶ原に到着したのは出発から6時間後。予定の宿泊地までは2キロほどあったが、暗くなる前にイグルー(雪ブロックを積み上げたシェルター)を作り終えたかったため、適当な場所で一日目の行動を終えることにした。

イグルーは1時間30分ほどで完成。いつもは雪洞を掘るのだが、再スタート後の縦走では、イグルーが宿泊時の主なシェルターとなるため(国立、国定公園内などでは、テント設営指定地以外での自立式の幕営は禁止されているため)、今回は短時間で作ることができる方法を選択した。実はイグルーを一人で作るのは初めての経験。今回の1泊2日のスキー縦走トレーニングでの目的の一つでもあった。

麓の積雪量はかなり減ったが、標高1000m以上はまだまだ十分すぎるほどだ。さらに、気温も低く、イグルー内も真冬のような寒さだ。中の最低気温は-8.5℃、外気温は-15℃近くまで下がったと思われる。
雪で雑音が吸収され、室内にはラジオの音だけが響く。夕食を終えた後は何もすることがない。寒さをしのぐため早々に寝袋にくるまった。-18℃まで対応の寝袋を携帯してきてよかったと心底感じながら、眠りに落ちていった。

20日の早朝。室内が明るくなり、自然と目が覚めた。寒さで体はガチガチに凝り固まっていたが、目をこすりながら、ゆっくり朝食の支度をすすめた。
昨日の吹雪から一転、快晴の朝となる。丹精込めて作ったイグルーを壊し、元の雪原と同じようにしてから、当初の宿泊予定地だった五反沼(ごたんぬま)へ再びスキーを履き進んだ。一面の銀世界。麓は早くも春を感じることが多くなってきたが、山はまだまだのようだ。
真っ白な十勝岳連峰が屏風のように威風堂々だ。

穏やかな気配が漂う中、トウヤウスベ山へと原始ヶ原を離れ登った。広がる展望に満足しながらも、遠く霞む日高山脈が見え、緊張感が高まった。
トウヤウスベ山から縦走で、このトレーニングの最終目的地の大麓山(だいろくさん)へ。この山は、故郷の山であり、土地の名の由来にもなった山。麓郷(ろくごう)に移住してから毎日のように見てきた山でもある。しかし、この山は大部分が東大演習林(私有地)であり、麓郷側からは気軽に登ることができない。そのため、今回は国立公園でもある原始ヶ原側から1泊2日で登ってきた。今回の道のりは登山道がないため、積雪期のみ可能となるルートだ。

小学5年生の時に登頂して以来、2度目。26年ぶりに人生初の登山となった山の頂に立った。眼下には故郷が広がり、その奥には広大な富良野盆地、そして、夕張山地が見える。さらに一番遠くには、思いがけず暑寒別岳も見えていた。
長居はせず、下山は上昇する気温とともに緩む雪に注意を払いながら、ケガをしないようにのんびりと帰宅した。

2月に計画していた今回のトレーニング。膝の故障が長引いたため、この時期となってしまった。それでも、再スタート後に計画しているスキー縦走の予行練習として、十分な収穫があったと思う。
実家での生活は4ヶ月が過ぎ、1ヶ月経過するごとに、過ぎた日々の速さを感じてきた。
再スタート決めた日まで残り僅か。これほどまでに長く一時停滞したことはない。旅の感覚が遠のく中、再開に向けて緊張感が高まっている。

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