日記

入山1日目
2020.11.11

決行の朝がきた。朝食をいただきながら見る外は、一面真っ白となっていた。昨晩の降雪具合を見れば、まとまった積雪になることはたやすく予想できた。
しかし、いざ出発の朝を迎え、一気に変わった状況に少しずつ不安が高まっていた。
海岸線に建つ宿でこれだけの積雪だとすると…標高500メートルの避難小屋はいったいどれくらいになるだろう。さらに、標高1000メートルより上は…。
頭で考えれば考えるほど、箸が進まない。とにかく天気予報では登頂のチャンスは明日しかない。考えるのを止め、今は気を引き締め、今日できることに徹しようと集中した。

部屋に戻り出発準備を整えて、8時過ぎに宿を出発した。
歩道には今朝の降雪もあり、積雪は10センチほど、気温も数日前よりも低い。町の中心部を出るまでの1時間ほど、雪はさらに降り続いた。
途中のコンビニで飲料水などを追加で購入、65リットルのバックパックはパンパンになり、重量は25キロほどになった。久しぶりに背負う重装備と雪道で、足元がおぼつかない場面もあったが、焦らず淡々と避難小屋へ続く道を進んだ。

最後の民家から1キロほど進むと車のわだちはなくなり、誰も歩いていない避難小屋への林道に入った。標高100メートル、積雪量は20センチほどだ。まだ新雪のため雪は軽く、それほどストレスなく足を前へと踏み出せた。
しかし、標高200メートルを超えると積雪量は30センチを超え、重装備では足が埋まり過ぎ、体力の消耗が激しいため、予定よりも早くにスノーシューを装着することになった。
まだ、避難小屋まで6キロほど手前だった。スノーシューを履けば、足は埋まりにくくはなるが、足取りは重くなる。さらに、体重と装備を合わせて100キロを軽く超えた体では、なかなかペースを上げることができなかった。

雪は9時過ぎには落ち着き、次第に晴れ間も出始め、予報通りに回復の兆しが見えた。笹原が広がった台地上は、一面の銀世界となっていた。
林道上には無数の小動物やシカなどの踏み跡があり、その中でひと際大きな足跡が残っていた。明らかにヒグマの足跡だ。歩幅から体長は2~2.5メートルはありそうな感じだ。その大きさに緊張感が走った。

標高400メートルで積雪量は30~40センチほど。12時前には避難小屋に到着できるだろうと予想していたが、久しぶりの重装備での雪上歩行に体力の消耗が激しく、避難小屋に到着したのは13時過ぎ。予定よりも1時間遅くなってしまった上に、かなり疲弊してしまっていた。

なぜ、少しでも早く到着したかったかというと、予想以上の積雪だったため、明日の登頂できる確率を少しでも上げるため、今日のうちに登山道を3合目までスノーシューで踏み固めておく必要があると判断したからだ。日没時間を考慮すると、13時から16時までの3時間は欲しかった。
しかし、到着したのは13時過ぎ、すぐに装備を避難小屋に置いて、遅れを取り戻したい一心だったが、ここまでの道のりで消耗度が激しく、食料補給と小休止が必要だった。

30分ほど休憩し、13時40分に避難小屋を出発。登山口の積雪量は50センチほどになっていた。荷が軽くなり少し体力が回復したとはいえ、一人でのトレース作り(ラッセル)には骨が折れる。
昨シーズンは良くやっていたことも、間が空いてシーズン初めだとなかなか思い通りにはいかない。降りたての雪で、スノーシューを履いていても一歩一歩がかなり埋まった。
疲労度が高く、鉛のように重くなった足は何度も止まった。5メートル、10メートル進んでは、足が止まった。
しかしあきらめない。なぜなら、明日の登頂率を上げるために重要な一歩だからだ。この一歩が明日へのわずかな希望となる。

結局、2合目にも届かず、1時間50分、小屋から3.2キロ進んだところまでで引き返すことにした。薄暗くなった16時30分に小屋へと戻り、冷え切った体を温めるために、ストーブに火を入れた。
小屋が温まるまでに時間はかかったが、濡れた靴や防寒具、服などを乾かすことができ、身体もすっかり温まった。1時間ほどストーブの前から離れられなくなった。

少し落ち着いたところで、18時過ぎに夕食の準備を始め、1時間ほどかけてゆっくり食事をとった。
翌日の出発時間を5時か6時で悩んだが、今日のトレースが3合目まで行けなかったこと、天候が安定している時間をめいっぱい使えるように、最終的に5時出発予定とした。
起床は3時30分。1日目の疲労を少しでも回復させるため、21時前に就寝した。
明日は登頂できるか、途中で断念することになるかは五分と五分だ。
今日は本当によく頑張った。

 この日記に書かれている場所はこの辺りです