日記

津軽海峡横断
2020.09.29

決行の朝はあっという間にやってきた。いつになく緊張しているのが自分でも分かる。両親がいつもと変わらぬ表情でいてくれることがありがたかった。
百名山の時は本人以上に不安な表情を見せる両親だったが、3回目ともなれば肝も据わってくるというもんだ。

出発前の朝食時の話は、今日のお互いのスケジュール確認程度だ。不安な言葉など無い。
昨晩は夢見が悪く、移動途中の両親が事故にあったり、自分が津軽海峡横断中にマグロ漁船と接触し、シーカヤックが水没したりと、出発前に見る夢としては最悪だった。
気にしなきゃいいのだが、気持ちを落ち着かせながら、最終確認をしてシーカヤックを出艇場所の義経海峡公園のビーチに運んだ。

結局、両親には夢のことは言わずに飲み込み、シーカヤックへと乗り込んだ。
自分と両親が無事に対岸の福島町に到着することを強く願い漕ぎ出した。
風はほとんどない。波もゆったりとした上げ下げのみ。これ以上ないコンディションだ。
まずは、竜飛崎まで海岸線を10キロほど漕ぎ進む。なんのトラブルもなく1時間20分ほどで懐かしい竜飛崎の海上に到着した。目指すは北海道。津軽海峡の先には北海道がはっきりと見える。その間の海上には3隻の漁船と大型船が1隻目視で確認できた。
竜飛崎の帯島(おびしま)のそばで、西からの風を遮りながらしっかりと行動食と飲料水を補給した。
気持ちを高ぶらせ、「東北、本州ありがとう」と陸に手を振り、パドルに力を込め、「いくぞ北海道」と叫び津軽海峡横断を開始させた。

まずは、目印にしやすい白神岬(しらかみみさき)を目標に、やや西よりに漕ぎ進めた。漕ぎ始めて30分。常に周りの船の動きを監視しながら漕いでいると、東側に進路と平行するように白波が一直線に延びていることに気がついた。明らかに風やうねりによる波ではない。大きな潮目で、潮が早くなっている部分だとわかった。最初は200メートルほど離れていたため、それほど警戒していなかったが、10分程漕いでいるとだんだん近づいていることがわかった。一瞬、白波が津波のように自ら近づいてきているように思えたが、そんなはずはなく、自分が徐々に流されて、近づいているのだとわかり、慌てて逃げるように思いっきり西に漕ぎ続けた。しかし、時すでに遅し。みるみるうちに川のように激しく波立つ潮目に引き込まれた。

ひっくり返らないようにコントロールしていると、潮目の幅は約100メートル、それより東側は再び穏やかな波となっていた。それを見て6年前を思い出した。6年前も竜飛崎を出てすぐに同じような潮目を越えた記憶がよみがえった。前回 は小潮、今回は若潮のため、前回よりも波が立っていて慌ててしまった。潮目から先はずっと同じような荒波が続いてしまうのだと勘違いしてしまったのだ。

また、数日前津軽半島を北上する中で、最古の旧石器時代の遺跡にふれた。その時に約3万年前の日本列島の地図を見ていたことを漕ぎながら思い出した。その地図ではかつて北海道と東北がつながっていたのだ。それが温暖化により海面が上昇し、今のように津軽海峡となった。そのため、海底には以前陸地だった地形が残っていることが予想される、ということは深いところから一気に浅くなるため、流れる速さに差が出来てこの津軽海峡の入り口部分に南北に長い潮目を作るのだと予想できた。

潮目の東側は流れは比較的緩やかで、潮目に沿って漕げば、自分が流されているのかどうかの目安にもできた。落ち着きを取り戻し、再び集中して前へと漕ぎ進むと、新たな課題が前方に現れた。それはマグロ漁船だ。ほとんどの漁船が潮目に沿って並んでいる。きっといい漁場なのだろう。前回もマグロ漁船には絶対に近寄るなと助言をいただいていたので、今回もそれに従った。しかし、東側に大きく迂回するように漕いでいると、もう一つの潮目が現れた。先ほどよりは弱いが、浅いところから深くなるためにできた潮目のようだ。これを越えなければ迂回が出来ないため、さらに東に流されることを覚悟して越えた。
2つ目の潮目に沿って漕いでいると前方に漁船とは違う動きをする船が全速力で西へと横切って行った。向かった先を見るとスゴい水しぶきが上がっていた。撮影スタッフを乗せている漁船の船員が「マグロだ!マグロだ!」と興奮気味に叫んでいる。あとを追うようにマグロ漁船もそっちへと移動していた。全速力で走るのは、漁船ではなくクルーズ船のような感じで、個人のマグロ釣りだという。
マグロの水しぶきを右に左に追い回していたため、早く同じ海域を出たい一心だった。GPSを確認するとやはり予定ルートよりもかなり東に流されていることがわかり、2つ目の潮目を東から西へと再び越えた。
しかし、かなり前半に潮目から逃げるために体力を使ってしまったため、予定していたルートに完全に戻ることをあきらめるしかなかった。そして、上陸地点の福島川河口へと直接向かうことに変えた。

実は当初、福島町の吉岡漁港を目標にして、上陸地点には海岸線を漕いで近づくことにしていた。理由は福島町の沖合いには津軽海峡の潮とは違う流れがあり、潮の満ち引きで流れ方が変わるため、直接上陸地点に向かうと近づけない可能性があった。しかし、このときいる場所から予定ルートまで戻る体力はほとんど残ってはなかったため、どんな潮となるかは少し不安だったが、残り1時間は音楽を大音量で聞きながら、最後の力を振り絞った。

小さな潮目をいくつか越えながら、竜飛崎を出発してから4時間、漕ぎ出しから5時間40分で、無事に「北海道」へと上陸を果たした。喜びと共に安堵感に包まれた。
上陸後はほっと一息入れたいところだったが、両親にシーカヤックや装備を再び運搬してもらうため、宿までシーカヤックを自力で運び、水道をお借りして、休む間もなく片付けに終われた。
午後4時過ぎにようやく、全ての荷物を引き渡し、自宅へと帰る両親を見送った。夕食後、やっとゆっくり出来る時間となり、布団で寝ていると頭痛が激しくなった。張りつめていたものが切れて、どうやら疲れが吹き出したようだ。明日は早速、北海道最初の登山となるため、久しぶりにロキソニンを飲んで寝ることにした。
余韻に浸ることなく、あっという間に眠りに落ちた。

 この日記に書かれている場所はこの辺りです