日記

コンディション=自分
2018.10.21

朝一東の空、北アルプスを縦走始めてから一番とも言える日の出が現れた。朝御飯を済ませると奥穂高岳を目指す人、涸沢へ下山する人、奥穂高岳への登頂をあきらめて、涸沢岳に登る人に別れていく。
僕は98座目「穂高岳(奥穂高岳)」に向けて登った。チェーンアイゼンを装着して登るが、雪は柔らかく、アイゼンには不向きなコンディションだ。
中には、アルミやクロモリのしっかりしたアイゼンをはめて、不安定な岩に足を取られながら登っていく人も。
山頂は風も穏やかで、温かな日差しが、身体を包み込んでくれた。

ホッと一息ついていると、山荘のスタッフが重装備で登ってきた。話を伺うと「昨日西穂高岳から奥穂高岳へと縦走してきた登山者がジャンダルムの下で救助を待っている」とのことだった。そして、松本市方面から県警のヘリコプターが飛んできて、ジャンダルムの上を旋回し、遭難者の場所を確認していた。
ヘリコプターが飛んできてから遭難者を救助して、再び松本市方面に飛び去るまでの約1時間、一部始終を山頂からずっと見守り続けた。
山頂から、西穂高岳へと縦走していった男女二人組も、縦走路途中の岩峰から同じように、救助の様子を見ていたが、救助に向かった山荘スタッフに声をかけられ、トボトボとおぼつかない足取りで、穂高岳山荘へと戻っていった。

あとからのニュースで知ったことだが、西穂高岳から20日に縦走を開始した登山者3名が、ジャンダルム下のロバの耳にて、風雪により動けなくなり、日没後に長野県警に救助を求めたそうだ。行動計画の詳細は分からないが、この初冬の不安定なコンディションに、ビバーク装備を一切携帯していなかったという。昨晩の気温は標高3000メートルで-8度だった。1名は亡くなったそうだ。他2名が良く生きて一夜を明かせたことにも驚いた。軽装で北アルプスに入る人が増えている象徴的な事故だったと思われる。

遭難事故を目の当たりにして、北穂高岳から大キレットを抜けていくことを改めて冷静に考え直し、自分が向かうルートは「自分とコンディションがイコール」であるかどうかを確かめた。結果は即決で「否」だった。
北穂高岳から長谷川ピークまでの下りは、雪がない状況でも滑落事故が多い。それに雪があればなおさらリスクは高くなる。ロープを使って、確保をしながらならば、通過できる確率も上がるだろうが、その装備はない。
コンディション以上に自分自身に自信がなかった。不安要素が多すぎるときは、精神的にゆとりが少ないために、冷静な判断や行動ができにくくもなる。
総合的に判断して、涸沢岳に登って、涸沢へと下山することにした。

穂高岳山荘前には「私でも行けますか?この装備でも行けますか?」と自分自身で状況を判断できない人が数人いた。
自信の無いもの同士が、互いの不安を打ち消すように「どうですかね~?一緒に行けませんか?」と即席のパートナーやパーティー作りをしている。
その光景を遠目に見て、静かに横尾まで下山した。

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