日記

西の多良
2018.03.10

九州では古い霊山の代表として、東の英彦山(ひこさん)に西の多良岳(たらだけ)と言われるそうだ。
日本三百名山としては7座目、全体としては節目の20座目となる多良岳、登るのは初めての経験。多良岳は佐賀県と長崎県の県境に股がる多良山系の一座、隣には佐賀県最高峰の経ヶ岳を有する。
佐賀県の山にはこれまで登ったことがなかった。また、佐賀県は父の故郷であり、自分のルーツの場合でもあるために楽しみにしていた山の一つだ。だからこそ、長崎県に入ってから、どのように登るか考え続けていた。

そのヒントとなったのが、島原湾を横断して秩父ヶ浦に上陸した時に、地元の方から、約1200年前に弘法大師が訪れた際に建立された金泉寺の境内に、雰囲気のいい山小屋があると教えていただいたこと。多良岳は1000メートルにも満たない山で、隣の経ヶ岳を経由しても、1日あれば登頂して、佐賀県側に下山できてしまう。
しかし、今までならそのように計画していた自分だが、こういう山だからこそいつも以上に時間をかけてみようと思った。そして、初めて1000メートルに満たない山で、一泊二日をすることを決めた。

山小屋は週末だけの利用となる。行程を1日ずらすために諫早市内まで歩き、時間を合わせた。さらに、山小屋は素泊まりとなるため、前日に市内のスーパーで、1時間近く、翌日の夕食の献立を考えて、いつもならドライフードやカップラーメンで済ませてしまうところを、少しだけ工夫して即席めんにメンマや玉子、ワカメ、ネギをトッピングした味噌ラーメンを作ることにした。
少し遅めの時間になってしまったが、諫早市内をバックパックにネギを一本差し込んで、登山口となる五家原岳(ごかはらだけ)を目指した。

この日は行動食のアーモンドチョコレートが溶けてしまうほどの暖かさで、あせびっしょり、海抜0メートルから1000メートルを超える山頂まで延々と舗装路を歩いた。多良山系1日目の多良岳が五家原岳よりも標高が低いということに、少し違和感を感じながら、霜柱が溶けて滑りやすい登山道へと入った。

14時過ぎに山小屋に到着し、受付をしたり、管理人さんとお話をしながら、小屋で少し休憩した。室内は電気がないため、昼間でも薄暗いが、土間がある一階にはストーブがあり、薪が燃えて暖かな空間を作り出していた。
素泊まりでなんと1000円とは、山小屋では安いだろう♪ 関東では無人の避難小屋でない限り、この安さはないかもしれない。

少し西に日が傾き始めた15時過ぎに荷物を身軽にして、金泉寺で手を合わせ、鐘を一撞きしてから、多良岳へ向けて出発した。
大きな鳥居の横には、弘法大師の石像などがあり、その先は石段が続いていた。今までの山道とは雰囲気は一変した。参道に入ると、一から十までの菩薩像が一見不規則にポツポツと点在していたり、他にも大きな岩の上に羅漢像があったり、見上げる岩壁には誰が掘ったのかわからない梵字が刻まれていたりと、長い歴史が今も息づいていることを感じながら登った。

それからほどなくして、山頂に到着すると、太良岳神社の社あり、そこでまず手を合わせてから回りを見渡すと、葉のない木に黄色いマンサクの花が春の訪れを告げていた。
そして、多良岳の名所の一つ「座禅岩」へ、大きな岩がむき出しの岩稜の先に、その場所があった。見事な景色と静けさで、聞こえてくるのは微かな谷からの声だけ、時間を忘れて心を落ち着かせたくなる場所だった。
数多の修験者が修行をしたところで、座禅を組んだり、叫んでみたり、眼下の佐賀県の町や有明海を眺めたりした。小屋へ戻ることが惜しくなるような時間だった。

下山は六地蔵内、一体が恥ずかしがり屋のお地蔵さんがいるというルートへ、ちゃんと探して全部に手を合わせて、日暮れ前に小屋へ戻った。
きっと、1日で多良岳を登り下りてしまっていたら、こんなに多良岳を満喫できなかったと、小屋で一緒になった他の登山者の方と笑顔で話す自分はいなかっただろう。
考え抜いた末の味噌ラーメンが本当に旨かった。
多良岳と山小屋に感謝して、床に着いた。

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