日記

北アルプスで一番
2015.10.16

恐らく今日の行程は北アルプスで一番の厳しいルートになりそうだ。
コースタイムは昨日の白馬山荘から阿曽原温泉までとさほど変わらず15時間。しかし、阿曽原温泉から剱御前小舎までのルートには2回も標高差1,000メートルを超える登りが待ち構えている。
一つ目は阿曽原温泉から仙人峠までの約1,200メートル、二つ目は仙人峠から500メートル下りたあとの、剱沢二股から剱御前小舎までの約1,100メートル。一気に2,300メートルを登るよりも厳しいだろう。
また、後半には剱沢雪渓を歩くため、緩んだ雪や凍った雪に足が取られやすくなり、体力の消耗も激しくなると予想された。

温泉が名残惜しいが、6時20分に阿曽原温泉を出発した。小屋のご主人たちが少しだけ心配そうな表情を浮かべて「気を付けてな!」と言ってくれたのが心に残った。
なぜなら、ここから、剱御前小舎までの間に通過する山小屋は全て閉まっているため、途中でアクシデントなどがあった場合に山小屋を頼ることができないのと、今年はかなり雪渓が残っているために、いつもよりも体力勝負となるからだ。
また、剱御前小舎までは携帯の電波が無いため、絶対に遭難は出来ない。色々なリスクがあるルートであることということだ。
いつもよりも緊張や集中力を高くキープしなくてはいけないため、精神的な疲れもあるだろう。

北アルプス終盤戦も白馬山荘での雪による停滞で2日の遅れが出ていた。
標高が高い所は酸素も薄いので、体を休めていても地上のようには回復もしないだろう。天候の回復で再びいい流れができている。今日はその流れを維持するためにも大切な一日になる。

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出発して直ぐに、電力会社の発電施設と宿舎が現れた。黒部峡谷の急峻な谷底に突然現れた施設に違和感と驚きを覚えた。
さらに進むと、通常ではあり得ない発電施設内の通路に入った。中は迷路のようで、壁には旧日電歩道と書かれていた。
昔のトロッコ道もあったり、現在も使用されている地下鉄の線路もあった。普通では味わえない雰囲気がそこにはあった。
もう少し、この空間をじっくり味わいたかったが、先が長いので先を急いだ。

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まずは、仙人温泉まで上を見上げたくなくなるような急登から始まった。
その名も雲切新道!
好きな急登にガツガツペースを上げたら、汗が一気に吹き出した。
仙人温泉手前でシャツを絞るために一休み。
源泉から煙が立ち上る仙人温泉を抜けて、早くも雪渓が現れた。仙人峠までの雪渓は所々薄くなり、注意深く進んだ。
峠手前で池の平小屋のスタッフの方々が小屋閉めを終えて、下山してきた。今日は剱御前小舎まで誰とも会わないと思っていたので、少しだけ緊張が和らいだ。

雪渓が終わると、直ぐに仙人池のあるヒュッテに着いた。
昨晩、阿曽原温泉にあった仙人池に写る見事な劔岳が今日は見られそうだ。
池に出た瞬間思わず「日本じゃないみたい!!」とベタな言葉が出た。
初めて見る仙人池からの劔岳は人を寄せ付けない険しさがにじみ出ていた。

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さらに、先日の冠雪でより険しさが際立っている。
その劔岳が仙人池に写るのだが、そこに写し出された逆さ劔岳は池の回りの紅葉に包まれて、少しだけ険しさが優しくなっているように見えた。
剱の険しさとそれとは相反する穏やかな仙人池の雰囲気が一つの景色に存在している感じが、見る人の言葉を失わせるのだろう。
色んな方向から劔岳を見てきたが、この場所からの劔岳が僕にとってのNo.1かもしれない。

1時間ほど、閉鎖されたヒュッテの前で、ゆっくり休憩をした。
急いでも良かったが、体力の回復と予定よりも早く仙人池に着いたので、後半のために余力を残すことができた。

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仙人峠から剱沢への下山道はちょうど見頃の紅葉となっていた。
谷一つ尾根一つで紅葉の進み方が違ってくる。
二股に下りてから後半の登りとなった。途中には昨年登った平蔵谷も見える。
真砂沢小屋を過ぎると早速剱沢雪渓が現れた。事前の情報通りかなり残っている。
途中には、珍しく秋なのに夏の花が咲いていた。ようやく雪渓が溶けて、花たちにとって、本当にわずかな夏を謳歌していた。
花を見ただけで、すごく得した気分になった。

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雪渓を平蔵谷出合いまでは左岸側を歩き、平蔵谷を過ぎてからは右岸側の夏道を歩いた。
段々傾斜が上がり、標高が上がるにつれて呼吸は荒くなり、ペースも落ち始めた。剱沢小屋からは先は久しぶりのバテバテとなり、一歩がかなりゆっくりと重くなった。
少しだけ休みたい気持ちもあったが、そこは我慢!気力で繋ぎ止めた。

午後2時過ぎに懐かしい剱御前小舎が見えて、急に力が湧いてきた。
「やったぁ~小屋が見えたぁ~」と力のない声で叫んだ。
面白いもので、さっきまで力が出なかったのが、嘘のような足取りで登った。
ほぼ予定通りの午後2時半に剱御前小舎に着いた。
着いた安堵で、しばらくは脱力感に襲われた。

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落ち着いたところで、心配してくれていた阿曽原温泉のご主人に無事に着いたことを連絡すると「おお!ほうか!良かった良かった!」と安心された感じだった。
小屋を利用するたくさんの登山者を迎えては見送る毎日の山小屋の方々にとって、登山者の無事が何よりも気がかりなのは間違えない。
ましてや今回のような普通では考えられない行程を1日で行く場合はなおのことだろう。
電話先のご主人が笑顔になっていることが、伝わってきた。
明日でようやく北アルプスの縦走が終わる。
今年も素晴らしい夕日を見て、長く厳しい1日が終わった。

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